運を壊すもの

持って生まれた運を最も傷つける行為として

 

「怒り」があります。

 

基本、人間関係が壊れるところから、様々な影響が生じ

 

時には後悔から、怒った自分を自分で傷つけることもある。

 

皮肉なことですが、運が最初からこの傾向にある人もいる。

 

人はどんな状況で怒りが湧いてくるのでしょうか?

 

分析してみてください。

 

1、自分の思い通りにならない時

 

2、自分が傷つけられ、いじめられた時

 

3、理不尽な要求をされた時

 

4、バカにされたと感じた時

 

5、自分の愛情(善意)が受け入れられなかった時

 

6、起きたことの事情が理解できず、錯乱、混乱した時

 

7、期待を裏切られた時

 

8、自分の存在を脅かすものに対して

 

9、思いもかけない要求をされた時

 

10、騙された時

 

11、プライドが傷つけられた時

 

12、執着がさらに深くなった時

 

13、嫉妬がさらに深くなった時

 

14、傲慢さがさらに深くなった時

 

 

これを大別すると、

 

「自分が相手を支配できない時」

(このことを、ほとんどの方は自覚していません。)

 

「誰かが自分を支配しに来た時」

 

「自己愛が極大した時」(12、13、14)

 

また、その底には普通の状態(本人の中の平和)が乱される

 

「恐怖感」が存在します。

 

面白いもので信頼関係のある人の言葉は

 

結構きついものでも意味あるものとして心は処理しますが

 

そうでない人の言葉は文字通り受け止めてしまう。

 

ご夫婦の間で怒りごとが多くなっている方たちは、

 

この辺りの修復を考えないといけません。

 

大抵、お相手への期待のしすぎから信頼度が落ちています。

 

「怒りの分析」などしたことがなかった方たち、特に怒りっぽいと

 

自覚している方たちは、是非この怒りの分析を習慣にしてみてください。

 

生まれながらの短気であっても、必ず、落ち着いてきます。

 

「今の怒りの出どころはなんだ?」と自分の心に問い続けることです。

 

そして諦めないこと。

 

自分自身に絶望しないこと。

 

自己愛ゆえの絶望です。

 

自分はもともと、こんなもんだと思っている人は

 

絶対に絶望しません。

 

自分はこんなもんだ、だから、ぼちぼちいこうや。

 

それで、必ず前に進める。

 

「自分が嫌いだ」正確には「こんな自分は嫌いだ」ですね。

 

その「こんな」は自己愛と自分に対する期待値の高さ(プライド)を表している。

 

そこから「降りる」ことか大切です。

 

 

 

 

怒りを野放しにしておくと、どうなるでしょう?

 

幾つかの現象が生じてきます。

 

1、

 

怒る自分と、そうでない他人を比べ始める。

 

(他人というのは自分以外の人達の意味です。)

 

「あなたは幸せそうでいいわよね。」

 

どこかで聞いた言葉ですね。そして、

 

怒りが「嫉妬」「妬み」に変化していく。

 

2、慢心

 

怒った相手が、萎縮し、怯える姿を見て

 

怒りながらも、支配欲と、自尊心がくすぐられ、

 

傲慢、慢心が生じ、他人を見下す心が生まれてきます。

 

同時に怒りの「うまみ」に気付き始める。

 

(モンスター)クレイマーが降臨してしまう。

 

3、執着

 

欲しいものが手に入らない。このように、

 

何かを得られなかったことに原因がある場合

 

得られなかったものに対する強い執着が生じてきます。

 

恋愛や博打などで大いにあることです。

 

4、

 

多くの場合最終的には孤立し、怒り散らした自分自身に

 

その怒りの矛先を向けることになります。

 

怒って何が悪い、傲慢で何が悪い。

 

憎らしい。妬ましい。欲しい。欲しい。ぶち壊したい。

 

すべて壊れて仕舞えばいい。

 

何やらこんなセリフが聞こえてきますね。

 

思春期に多くの方が経験した会話だと思います。

 

私もそうでした。でも、大人になってからも、これでは、まずい。

 

どこかで人としての成長が止まってしまっている姿です。

 

 

 

 

子供の頃から、いじめにさらされている人、

 

最初は親、次に同級生、同僚等、常に対人関係に

 

理不尽な問題の起きやすい人が少なからずいます。

 

「怒り」、そして「救い」を求め、いつの間にか

 

救いを求めることを諦めてしまい、ただ怒りだけが残る。

 

怒りが恒常的になると自然に他人に対する愛情が失われていく。

 

救いを求めても求められないものと刷り込まれ、求めることすら

 

諦め、ただ自分の目線より弱いものに、自分がされたことをやり、

 

憂さを晴らし心の平静を保っている。仁愛の感情を失ってしまう。

 

夫婦問題でも怒りが恒常的になった時点で愛は消えています。

 

ただ、一度甘美な愛情を経験し味わったしまった人たちは、

 

別の「愛」を求めることに執着し始めます。

 

 

怒りにより傲慢さが生じると書きましたが

 

慢心は自分の優位性におごった姿であり、

 

他を見下し、自分が優れていると誇る姿です。

 

歪(いびつ)な優越感とでもいいましょうか。

 

私の記憶に深く刻みつけられているのですが、

 

「日本の大震災をお祝いします」というメッセージを掲げた

 

サッカーのサポーターがお隣の国にいました。

 

この時ぞとばかりの姿に、ただ、ひでー国だと

 

憤りとともに、その国の底知れぬ闇の深さに震撼させられました。

 

他人の心がどれだけ傷んでいるのかわからない。

 

傲慢さというのは、わかりにくい感情ですが

 

一時の優位性故に自分だけ良ければ(安全であれば)いいんだという

 

利己心人から他の人達への親近感が欠落してしまい、

 

他人の痛みをあざ笑うようなことをしでかします。

 

あいつ、また失敗したと、笑った経験をお持ちの方も

 

多いのではないのでしょうか。

 

 

3の執着について 

 

何かに執着し始めると、

 

必ず起きることがあります。それは、

 

執着する対象以外を楽しめなくなることです。

 

恋愛小説風に言えば、彼のことを考えると

 

どんな美味しいものを食べても、味がしないの......。

 

昨日までの景色がセピア色に見える。

 

ただ彼だけが輝いて見えるの。

 

三文小説よりも酷い表現ですが、事象の証明には

 

なっていると思います。

 

この極端な例がストーカーですね。

 

時には自分の命までかけ執念深く追いかける。

 

その代償として日常の多くの「喜び」を失うことになります。

 

 

1の嫉妬について

 

嫉妬も同じようなものです。

 

対象に嫉妬している間は、自分の中の劣等感から

 

絶対に逃れられない。

 

中学生の時の親友が、進路の選択から妬みの対象に見えてしまう。

 

就職、結婚、マンション、出世、あらゆる比較対象の中で

 

それが生まれています。関係が親しければ親しいほど

 

それが生じやすく、嫉妬の癖が身についてしまうと、

 

今度は自分が優越感を持てる相手が現れた時

 

本人の傲慢さに火がつきます。

 

 

 

 

これらのことは誰の心の中にも起きている日常の風景です。

 

ただ、運が良い人達は、それぞれの感情が生まれても

 

そこから降りることが割と素早くできる。

 

それに比べ「運の強い人」は、ドップリ、これにはまりやすく、

 

「運が弱い人」はさらに自己否定に陥りやすい。

 

なぜでしょうか?

 

最近入門された生徒さんには、この「なぜ」を

 

話しているのですが、これらのことを

 

私は推命の原理の研究と実践から気付かされました。

 

単純に言ってしまえば、

 

怒りは、さらに変化し、負の連鎖が体験として蓄積され、

 

人としてのコミュニケーション能力を著しく阻害していきます。

 

(このことに気づく時期が早ければ早いほど、上手に

 

これらの感情を放棄することができるようになります。

 

大人になってからでも、もちろん可能ですが、これらのことを

 

自覚できる方にだけ可能な話であり、時間はかかります。)

 

 

時とともに積み上げられたこれらの負の感情は、

 

その切っ掛けの出来事は忘れ去られても、

 

その人の性格の一部として付け足され、

 

その結果、極端な場合、愛情が欠落し、思いやりが欠落し、

 

共に楽しみ喜ぶ心が欠落し、公明正大さが消えていきます。

 

溢れるような喜びの街にいたとしても、心の荒みは癒されず、

 

その日1日をしのぐためだけに生きるような「孤独」に

 

苛まれることになりかねません。

 

 

 

人の心は、怒り、恨み、妬み、執着の毒が生じる温床です。

 

誰もが自覚していながら直面したくないところです。

 

そして誰もが運を良くしたい、もっとお金が欲しい、

 

幸せになりたいと思っている。

 

世の中には開運法と称して、この欲を増長する手法が

 

山ほどあります。その意図するところは、

 

運を強くするためにパワーを上げる。

 

これに尽きると思います。

 

私も若い頃からその類の人たちの姿を見ているのですが、

 

多くの人たちは結局、心に巣食うこの毒を残したまま、

 

パワーを上げてしまい、結局、一時の色と金に人生を食われ、

 

消えて行きました。

 

「なんだかなあ〜」ですね。

 

どのような開運法を実践するにも、やはり

 

この毒を洗い流すところから始めるのが一番安全です。

 

その方法は自分自身を知ること。これに尽きます。

 

その上で他人を知ることができれば、

 

毒が増殖する機会を与える、あらゆる人間関係を

 

俯瞰で見ることができるようになります。

 

そうすると、なすべきことと、なすべからざることの

 

判断がつくようになってきます。

 

そして、よろしくないのは解っていても、

 

そっちに行きたいのであれば

 

覚悟を持って行けば良い。それもまた人生の面白みですね。

 

いい子ちゃんばかりでは世の中は停滞し、衰退していく。

 

これもまた事実だと私は思っています。

 

 怒りは、時に新鮮な驚きと「気づき」を我々れに与えてくれることもある。

 

怒りが生じたら、それに翻弄される前に、是非これを分析してください。

 

「毒」が生じれば運は壊れ始め、「気づき」が生じれば運はスパイラル状に向上していく。

 



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