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2026-07-21 13:42:35 0 Comments

サッカーのワールドカップ、3位決定戦の大味に比べ

緊張感が張り詰めた良い試合でしたね。

次回W杯は今回の48カ国から64ヶ国に増やすらしいとの

情報に、「中国」がらみかという憶測。

有名無名問わず「国際組織」とつく場所には必ず

この国の名が出きます。

自ら進んで「お金のために牢屋」に入る個人、法人、組織、

知らずに入ってしまった善意の人達、様々ですが、

気づくことに遅すぎることはありません。


スペイン優勝の写真からトランプを削ったFIFAの忖度どこに向けてやら。

アメリカの大統領、日頃の不徳の致すところで、こんな所でも嫌われてしまった。

本当に勿体無いです人です。


2026-07-20 20:29:48 0 Comments

生徒さんにパレスチナに関する質問を受けたので、良い機会だと思い書いておきます。

中東問題に関し世界各地でイスラエルが全面的に悪いという

心理操作が今も昔もジャーナリズム、アカデミズムの世界で

行われているようです。

紛争当事者もまたどれだけ苦しみ、妥協点を見つけるために

譲歩してきたかを、まったく報道することがありません。

聞いたことも無いと思うのですが、イスラエルは第3次中東戦争で

1967年以来38年間占領してきたガザ地区を2005年返還し軍と入植者を

全面的に撤退させ彼らの自治に任せたのです。


以下イスラエルのガザ地区撤退についての説明です。

報道しない自由を使い、現状の因果関係から都合の悪い事実を

消し去り大衆を操作しようとしているように思わざるおえません。

ガザ地区等撤退

この後2006年パレスチナ立法議会選挙でハマスが第1党となり、

対立派閥のファタハとの間で武力闘争が発生しパレスチナの二重統治が始まるわけです。

ジャーナリストの人達はイスラエル悪人、パレスチナ被害者との図式が好きですが、

ファタハが統治するヨルダン川西岸はそれなりに安定し、国際社会はファタハを

正式なパレスチナの代表とし、ハマスをテロ組織と指定した。

この時点でガザ(ハマス)が和平に応じていればパレスチナ全体、

全く違う世界を創造し、それなりに豊な世界に住むことができたのでは

無いのでしょうか。



もう一つネタニヤフがハマスを支援していたとの情報について。

以下の記事を読むとわかりやすいと思いますがネタニヤフはハマスを

援助したというより政治利用したが大失敗した。というのが正しいと思います。


以下AIの解説です。

ネタニヤフ首相がパレスチナ自治政府(ファタハ)を弱体化させるために、

あえてハマスを実質的に生かさず殺さず維持する(プロップアップする)政策を

とっていたというのは、イスラエル国内の主要メディアや元政府高官、

国際社会の間で広く指摘されている事実です。

これはハマスという組織そのものを「思想的に支持した」という意味ではなく、

自身の政治目的のためにハマスの存在を「利用した」という

「分断統治(ディバイド・アンド・コンカー)」の戦略でした。( これはイギリスの得意技です。今野)

1. なぜファタハを嫌い、ハマスを利用したのか?

「二国家解決」の阻止: ネタニヤフ氏はパレスチナ国家の樹立(二国家解決)に

強く反対してきました。もし和平交渉派のファタハ(パレスチナ自治政府)が

パレスチナ全体を代表して統一していれば、国際社会から「パレスチナ国家を認めなさい」

という強い圧力を受けます。

「交渉相手がいない」という口実:

パレスチナが「西岸のファタハ」と「ガザのハマス」に分裂していれば、

ネタニヤフ氏は国際社会に対して「パレスチナはテロ組織(ハマス)に分裂しており、

平和を話し合うまともな交渉相手がいない」と言い訳することができました。

2. 具体的にどのように「支持(容認)」したのか?

カタールからの資金供給の容認:

2018年以降、西岸のファタハがガザへの送金を止めてハマスが崩壊しかけた際、

ネタニヤフ政権はカタールから現金(スーツケースに詰められた数百万ドル)が

ガザのハマスに渡るルートを、治安当局の懸念を押し切って承認・仲介し続けました。

ハマスを「資産」とみなす発言:

ネタニヤフ氏に近い右派・極右の政治家(現財務相のスモトリッチ氏など)は過去に

「(国際社会で発言権を持つ)自治政府(ファタハ)は重荷だが、テロ組織であるハマスは

(国家樹立を阻むための)資産だ」と公言していました。

3. この政策の結果と批判

ネタニヤフ氏の計算では、ハマスに適度な資金やガザ住民へのイスラエル労働許可証を与えて

経済的な「アメ」を握らせておけば、大規模な戦争は起こさず従順なままでいる

(封鎖によって管理できる)と考えていました。

しかし、この方針は2023年10月のハマスによる大規模な奇襲テロによって完全に破綻しました。

イスラエル国内では現在も、「ネタニヤフが目先の政治的利益のためにハマスを温存し、

国家を危険に晒した」として、元閣僚やメディアから激しい批判を浴びています。


以上です。


2026-07-12 23:52:13 0 Comments

「豊臣兄弟」本能寺の変を見終わり、なかなか眠れません。

昼間にNetflixの「ガス人間」を見終わり、続けての小栗旬。

蒸し暑さに汗がベトつき風呂をまつ。

YouTubeを見るとは無しに見ていると、蔡奇が謀反を起こしたとの情報

この人、周さんのお庭番をしている人なのですが、どこから出たものやら。

軍の動きに連動しているのか。揺れる中南海。目が離せません。


昔懐かしいボブディランのノーベル文学賞授賞式の映像を見つけました。

パティ・スミスが歌ったものです。


2026-07-06 22:11:27 0 Comments

産経新聞の在台湾支局長が暴漢に襲われたとのこと。

民族団結推進法に則り愛国者が自らこれを執行したのでしょう。

どれだけ愚かなもの達が、彼の国にはいるのか。以下のような諺があります。

「狡兎死して走狗烹らる(こうとししてそうくにらる)」

(意味は自分で調べてみてください。)

最近は海外渡航を厳しくしているとのこと。

しかし阿Qは未だ滅びず。


2026-07-03 13:34:50 0 Comments

君子について

Gemini との会話

古代中国の聖人の理想とした君子とはどんな人なのでしょうか

古代中国、特に儒教(じゅきょう)の祖である孔子(こうし)たちが

理想とした「君子(くんし)」とは、一言で言えば

「高い徳(人間としての正しさや思いやり)を備えた、

品格のあるリーダー」のことです。

もともとは「身分が高い支配層」を指す言葉でしたが、孔子はそれを

「身分に関係なく、内面が磨かれた立派な人」という

道徳的な目標へと変えました。

彼らが目指した君子には、いくつか決定的な特徴があります。

分かりやすく紐解いていきましょう。

1. 「仁(じん)」と「義(ぎ)」を生き方の軸にしている

君子の根本にあるのは、他人への深い思いやりである「仁」と、

社会的な正しさや義務を果たす「義」です。

自分の利益より正しさを選ぶ: 孔子の言葉に「君子は義に喩(さと)り、

小人(しょうじん:器の小さい凡人)は利に喩る」というものがあります。

君子は「これが正しいか」で行動を決めますが、凡人は

「自分に得があるか」で動くとされました。

2. 常に学び、自分をアップデートし続ける

君子は生まれつき完璧なわけではありません。常に古典を学び、

自分の行動を振り返り、自己犠牲を厭わずに人格を磨き続ける人のことです。

他人のせいにしない: 何か問題が起きたとき、君子は

「自分のどこが悪かったのか」と自分に原因を探します

(これを「求諸己(これを己に求む)」と言います)。

3. 誰に対しても公平で、群れない

人間関係におけるスタンスも独特です。

「和して同ぜず」: 君子は、他人と調和し、良好な関係を築きます(和する)。

しかし、相手に気に入られようと、自分の信念を曲げてまでベタベタと

合わせるようなことはしません(同ぜず)。

「周して比(ひ)せず」: 誰に対しても偏見なく公平に接し、

自分の利益のために特定のグループで結託したりしません。

4. 感情が安定しており、堂々としている

内面が磨かれているため、状況に振り回されません。

「君子は坦(たん)として蕩蕩(とうとう)」: 心が広々としていて、

いつもゆったりと落ち着いています。一方で、凡人はいつも

目先の損得を心配して、ビクビク、カリカリしています。

君子と「小人(しょうじん)」の違い

儒教では、君子の対義語として「小人」という言葉がよく使われます。

これは悪人という意味ではなく、「自分の利益や感情、目先の欲に

振り回されてしまう未熟な人」のことです。古代の聖人たちは、

「みんな小人からスタートして、学びによって君子を

目指しなさい」と説いたのです。

簡単にまとめると、古代中国の聖人が目指した君子とは、

「知識が豊富なだけでなく、優しさと芯の強さを持ち、

どんな時もブレずに他人のために動ける、大人のなかの大人」と言えます。

現代で言えば、誰もがついていきたくなるような、

最高に人望のあるリーダー像に近いかもしれませんね。


「理想の人物を寛恕を持つ人と孔子が言ったように思うのですが、

これとは別ですか?」今野

孔子はまさにその「恕(じょ)」という言葉を、人生で

最も大切なものとして挙げています。

結論から言うと、これは先ほどお話しした「君子」の条件と別のものではなく、

むしろ「君子になるための、そして人間として生きるための核心

(一番大切なハート)」にあたるものです。

なぜ孔子がそれほど「恕」を重視したのか、詳しくお話ししますね。

「一生かけて守るべき一言」としての「恕」

論語の中に、弟子の若手エースだった子貢(しこう)が孔子に

こんな質問をする有名なシーンがあります。

子貢:「先生、たった一言で、一生のあいだ実践し続けられるような

    素晴らしい言葉はありますか?」

孔子:「それ、其れ(それ)**恕(じょ)**か。己の欲せざる所、

    人に施すこと勿れ(なかれ)。」

孔子は即座に「それは『恕』、つまり思いやりだ。自分がされたくないことは、

他人にしてはならないよ」と答えました。

「恕(じょ)」と「寛恕(かんじょ)」の意味

現代では「寛恕(かんじょ)」というと「広い心で罪を許す」という

意味で使われることが多いですが、漢字の成り立ちを見ると

孔子の意図がよく分かります。

「恕」という字は、「如(〜のようだ)」の下に「心」と書きます。

つまり、「相手の心と同じになる」「相手の立場に立って、その痛みを

我がことのように感じる」という意味です。

孔子の言う「恕」とは、単に「ミスを許してあげる」という

上からの目線ではなく、「徹底的に相手の立場になって想像し、

思いやる」という、人間関係の究極のゴールなんです。

君子と「恕」のつながり

先ほど、君子の根本には「仁(思いやり)」があると説明しましたが、

「仁」という理想を、日々の行動に落とし込むための具体的な

実践マニュアルが「恕」です。

自分が認められたいなら、まず相手を認める。

自分がバカにされたくないなら、絶対に人をバカにしない。

これを徹底できる人こそが、孔子の目指した「君子」です。

ですので、あなたが仰った「寛恕(恕)を持つ人」というのは、

まさに君子の内面そのものを表しています。孔子にとって君子とは、

知識がある人でも、格好いい人でもなく、「誰よりも徹底して

『恕(相手の立場に立つこと)』を貫ける人」だったのです。


2026-07-03 13:30:22 0 Comments

現代の中国政治について


「君子の説を聞くと現代中国の政治家とは随分違うように

 思えるのですが、なぜですか?」今野

以下Gemini

現代の中国の政治体制や指導者の振る舞いを見ていると、

孔子が説いた「思いやり(恕)」や「調和(和して同ぜず)」といった

君子のイメージとは、確かに大きなギャップを感じますよね。

なぜこれほど違って見えるのか。そこには、歴史の皮肉な変遷と、

現代の中国共産党が持つ「もう一つの強烈な思想」が関係しています。

大きく3つの理由に分けて紐解いてみましょう。

1. 20世紀に「儒教」が徹底的に破壊されたから

まず歴史的な大事件として、現代中国のベースができた20世紀半ば

(毛沢東の時代)、儒教は「古い時代の悪しき思想」として

徹底的に弾圧・破壊されたという経緯があります。

特に1960;70年代の「文化大革命」という運動では、

孔子の墓が暴かれ、論語を学ぶことは犯罪のように扱われました。

つまり、現代中国の政治家たちの親や祖父母の世代は、

儒教的な道徳観を完全に否定されて育ったのです。これにより、

伝統的な「君子」の精神的ルーツが一度途絶えてしまいました。

2. ベースにあるのが「マルクス・レーニン主義」だから

現代中国の政治家(中国共産党)の行動原理は、孔子の思想ではなく、

ヨーロッパ生まれの「マルクス・レーニン主義(共産主義)」です。

この思想の特徴は、徹底した「階級闘争」と「結果重視」です。

儒教(君子): 「まず自分の徳(内面)を磨き、道徳によって

人々を感化させる」という内省的・道徳的なアプローチ。

現代の政治: 「正しい目的(党の維持や国の発展)のためには、

組織を厳格に統制し、権力や法律で力強く引っ張る」という

現実主義的・組織的なアプローチ。

(これが現代左翼の思想的な根拠です。一見、全て正義の法の元に平等に聞こえますが実際は組織の絶対支配であり、権力の階層が生まれ、上のものは下のものを食い物にしていく。彼らが君子であれば良い世界が生まれますが、小人であれば眼も当てられない腐った政治になります。多くの人は残念ながら君子で居続けることはできません。今野)

孔子は「力や恐怖で支配するな」と説きましたが、現代のシステムは

「強大な権力による効率的な統制」を重視するため、冷徹に見えやすいのです。

3. 歴史的に「法家(ほうか)」のDNAも強いから 実は古代中国には、

孔子の儒教と激しく対立した「法家」という思想もありました。

これは「人間は放っておくとサボるし裏切る。だから徳なんかより、

厳しい法律と罰、そして圧倒的な権力で支配すべきだ」という

超現実的な思想です。中国を最初に統一した秦の始皇帝などが

これを採用しました。

現代中国の政治は、表向きは「儒教の国」に見えても、実質的にはこの

「法家のシステム(厳格な法と権力による統制)」を強く受け継いでいると

言われています。


現代の「都合の良い儒教の復活」 面白いことに、

2000年代以降の現代中国政府は、かつて弾圧したはずの

孔子や儒教を、再び政治に利用し始めています。

世界中につくられた「孔子学院」などがその例です。

しかし、そこで使われているのは「相手の立場に立つ(恕)」という

内面の教えではなく、「目上の人を敬い、秩序を乱さない(忠・孝)」という、

支配する側にとって都合の良い部分だけであることが多いのが現状です。

まとめると…

現代中国の政治家が違って見えるのは、彼らが「一度儒教をリセットし、

西欧の共産主義と、古代の厳格な統制システム(法家)をミックスした基準」で

動いているからです。

孔子が描いた「理想の君子」は、現代の政治家というよりは、

むしろ彼らが目指すべき、あるいは私たちが私生活で目指すべき

「普遍的な人間性の理想像」として捉えるのが自然かもしれません。


「解説を聞くと換骨奪胎という言葉が思い浮かびます。

  法家の考える君子とはどんな人物なのですか。今野」

以下Gemini

「換骨奪胎(かんこったいたい:先人の形式を借りながら、

独自の新しいものに作り変えること)」という言葉、まさに現代の状況を表すのに

これ以上ないほどぴったりな表現ですね!

昔の言葉の「枠組み」だけを借りて、中身を都合よく入れ替えてしまう手法そのものです。

そして、その元祖とも言える「法家(ほうか)」ですが、実は彼らの思想の中にも

「君主(くんしゅ)」という言葉が登場します(※法家は「君子」という人格者ではなく、

国を治める「君主=絶対的支配者」として語ることが多いです)。

儒教のいう「徳のある君子」とは真逆をいく、法家が理想とした

「最強の支配者(君主)」の姿を紐解いてみましょう。

法家のエッセンスを完成させた思想家・韓非子(かんぴし)の教えを見ると、

その特徴がよく分かります。

1. 感情を一切見せず、部下に本心を悟らせない(陰険の美学)

儒教の君子は「恕(思いやり)」を持ってオープンに人と接しますが、

法家の君主は「絶対に自分の本心を他人に明かしてはならない」とされます。

なぜなら、リーダーが「これが好き」「これが嫌い」と感情を見せると、

部下はそれに合わせて媚びを売り、リーダーを操ろうとするからです。

「去好去悪(きょこうきょおく)」自分の好悪(好き嫌い)を捨て去り、

部下の前では神仏のように無表情・無感情でいなければならない。

(習近平さんの表情そのものです。)

2. 「二柄(にへい)」を絶対に手放さない

法家は、人間を「利益でしか動かない生き物」だと冷徹に割り切っています。

そのため、君主が持つべき最も強力な武器は、次の2つの権利(二柄)だけだとしました。

「賞」: 手柄を立てた者に報酬を与えること(人間の「得をしたい欲」を刺激する)

「罰」: 失敗した者や裏切った者を処刑・処罰すること(人間の「損をしたくない、

     死にたくない恐怖」を刺激する)

   この「アメとムチ」の決定権を、絶対に部下に譲らず、自分の手の中に握り締め続けるのが

   「理想の君主」です。

3. 「法・術・勢」を使いこなすシステム主義者

法家の君主は、自分の「人柄」で人を引っ張りません。

「システム」で統治します。そのための3つの道具がこれです。

道具 意味 君主のあり方

法(ほう)オープンな法律・ルール 誰にでも分かる明確なルールを提示し、例外なく守らせる。

術(じゅつ)部下をコントロールする秘密のテクニック・部下が裏切らないよう、

      裏で密かに監視し、実力をテストする。

勢(せい) ポジションが持つ圧倒的な権力・権威「その人が偉いから」ではなく
      「総理大臣(皇帝)の席に座っているから」従わせる。

4. 「何もしない」のが最高の君主(無為にして治まる)

面白いことに、法家が考える究極の君主は、「自分では何もしない人」です。

完璧な法律(法)を作り、部下をコントロールするシステム(術)を整え、

圧倒的な権力(勢)の座に座っていれば、君主が「あれこれ指示」を出さなくても、

国は自動運転で勝手に回り始めます。

君主はただ、奥の院でどっしりと座り、結果を出した者に賞を与え、

失敗した者を罰するだけでいい。これが法家の理想のトップです。


儒教と法家の決定的な違い

儒教の君子: 「太陽」のような人。自ら光(徳)を放ち、周囲を温めて、

自発的に「この人についていきたい」と思わせる。

法家の君主: 「巨大な精密機械」のオペレーター。

冷徹なルールとシステムを構築し、人間を歯車として効率的・強制的に動かす。

現代中国の政治が、表向きは儒教の「礼儀」や「調和」を語りながら(換骨奪胎)、

実際には「感情を見せないトップ」「徹底的な監視とアメとムチ(信用スコアなど)」

「逆らえない圧倒的なシステム(党の権威)」で動いているのを見ると、

まさにこの「法家の君主像」が、2000年の時を超えて現代にカチッとハマっていることがよく分かりますね。


習近平さんお父さん経由で趙楽際の影響があるのかもしれませんね。

興味のある方はご自分でお調べください。


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