2026/05:ブログ

1 / 1 ページ目を表示 最初 | 戻る | 次へ | 最後

2026-05-13 20:35:15 0 Comments

マズローとの比較を、こちらはオープンAIに聞きました。


実際、多くの心理療法家や身体志向セラピーの人たちは、Abraham Maslow の欲求段階説と、
Stephen Porges のポリヴェーガル理論を

「人間が安全を感じることで、より高次の機能へ開かれていく」という

共通構造として重ねて理解しています。ただし、両者は「何を説明しようとしている理論か」が違います。

共通している核心

両方とも、
人はまず「生き延びられる」「安全である」と感じなければ高度な知性・愛情・創造性・精神性へ向かえないという構造を持っています。

マズローの欲求段階説有名なピラミッドですね。

下から:
生理的欲求(食事・睡眠・呼吸)

安全欲求(危険がない、安心)

所属と愛(仲間・家族・共同体)

承認欲求(尊重される)

自己実現(才能開花・創造)

後年のマズローはさらに:自己超越(宗教性・奉仕・超越体験)まで考えるようになります。

つまり、「土台が安定すると、より高次へ登る」という発想です。

ポリヴェーガル理論
こちらは「欲求」ではなく、神経系がどういう状態にあるかを説明する理論です。

大まかには:
1. 腹側迷走神経(安全・社会交流)安心 他者とつながれる 表情が柔らかい 創造性 学習能力

2. 交感神経優位(闘争・逃走)不安 焦燥 攻撃 過覚醒

3. 背側迷走神経(凍りつき・シャットダウン)無気力 解離 絶望 エネルギー低下という階層です。

なぜ似て見えるのか
実はかなり対応しています。

マズロー      ポリヴェーガル
 生理安全欲求     生存モード調整
 所属・愛     社会交流システム
 自己実現     安全時の探索・創造
 自己超越     深い共感・統合状態

つまり、
「安全が高次機能の前提」という点が同じなのです。

最大の違い
ここが重要です。
マズロー
「人間は何を求めるか」つまり動機の理論です。

ポリヴェーガル
「神経系はどう反応するか」つまり生理反応の理論です。

面白い点
現代のトラウマ療法では、自己実現できないのは意思が弱いからではなく、神経系が
安全を感じていないからと見る傾向が強くなっています。これはかなり「マズローを身体化した」ような見方です。
例えば:
才能はあるのに動けない 人を愛したいのに怖い 瞑想すると逆に不安定になる などは、
「高次欲求の問題」ではなく、「神経系がまだ防御状態」と理解されることがあります。

さらに深い話
実は後期マズローは、単なる成功哲学ではなく、
ピーク体験 超越意識 神秘体験 一体感
などを研究していました。ここは身体心理学や瞑想研究ともかなり接近します。
この意味では、マズロー ポリヴェーガル 身体心理学 ソマティック療法 瞑想研究は現代ではかなり融合的に扱われています。

ただし注意点
ポリヴェーガル理論は非常に人気がありますが、神経科学的には批判もあります。
例えば:
迷走神経の説明が単純化されすぎ進化論的説明に疑義実証研究が不足などです。

一方で臨床現場では、
「患者の身体感覚を理解するモデルとして有用」と高く評価されています。
つまり、
厳密な神経科学理論というより、臨床モデルとして強いという位置づけです。


これをGeminiに問うと

ポリベーガル理論とマズローの欲求段階説は、一見すると「神経学」と「心理学」という異なる分野の理論ですが、「人間の安心・安全がすべての行動の土台である」という点において、非常に深い親和性があります。

これら二つを統合して考えることで、なぜ私たちが不安な時に成長意欲を持てないのか、そのメカニズムが明確になります。

1. 安心・安全が「土台」であるという共通点
マズローの欲求段階説では、ピラミッドの低次階層(生理的欲求、安全の欲求)が満たされない限り、高次の欲求(自己実現など)へは進めないとされています。

ポリベーガル理論は、この「安全」の状態を神経系のレベルで説明しています。

欲求と神経系の対応

マズロー:生理的欲求・安全の欲求

ポリベーガル:腹側迷走神経系(社会的関わりシステム)

身体が「安全だ」と認識している時、初めて他者と協力し、リラックスして食事や休息をとることができます。

マズロー:承認欲求・自己実現欲求

ポリベーガル:腹側迷走神経系の安定

創造性や自己実現は、神経系が「戦うか逃げるか(交感神経)」や「凍りつき(背側迷走神経)」の状態にない、穏やかなモードで最大化されます。

2. 状態の移行による相関関係
ポリベーガル理論の「神経系の階層構造」と、マズローの「欲求の階層」を重ね合わせると、以下のような心理状態の変化が見えてきます。

神経系の状態(ポリベーガル) 心理的欲求(マズロー)振る舞い・意識の状態
腹側迷走神経系(安全)    社会的欲求・自己実現つながり、創造性、共感、学習
交感神経系(可動化)    安全の欲求(脅威への対処) 焦燥、怒り、不安、競争、防衛
背側迷走神経系(不動化)   生理的欲求(生存維持) 無気力、解離、シャットダウン、抑うつ

3. なぜ「安心」が必要なのか
ポリベーガル理論を提唱したスティーブン・ポージェス博士は、「安全でなければ、社会的な関わりは持てない」と述べています。

マズローの視点: 恐怖を感じている人に「夢を語れ」と言っても無理がある。

ポリベーガル的解釈: 恐怖を感じている時、神経系は「交感神経(戦うか逃げるか)」にスイッチしており、心拍数や呼吸が上がっています。この状態では、脳の高度な思考を司る領域(前頭前野)よりも、生存を司る領域が優先されるため、論理的な解決や自己実現どころではなくなるのです。

4. 現代における意義
この二つの理論を組み合わせて理解することは、セルフケアや組織マネジメントに役立ちます。

「まず神経系を落ち着かせる(安全を確保する)ことが、自己実現への最短ルートである」

モチベーションが上がらない時、それは「やる気の問題」ではなく、単に神経系が「安全の欲求」すら満たせない警戒状態にあるだけかもしれません。まずは深い呼吸や環境の調整によって、身体に「今は安全だ」と教え込むことが、マズローのピラミッドを登るための第一歩となります。


2026-05-13 09:41:13 0 Comments

産経新聞

産経の記事を読んで、ああ、これがアメリカと欧州の現状かと。

それでも、イギリス国民の多くは地方選挙(BBC)で保守的な選択をしたようです。

この国のマスコミも彼らを右翼と断定していますが、国民は安心と安定を望んでいるだけなのではないのでしょうか。

日本では英国の状況は、ほとんど報道されていません。

世界のマスコミは一枚岩のようなので、保守的な選択を報道するのは都合が悪いのでしょう。

何故、保守的な選択をしたのかを掘り下げる事自体タブーなのかもしれません。

現実を自由に報道できないマスコミの存在価値は皆無です。


2026-05-11 17:21:08 0 Comments

「戦争反対」の成功は「戦争促進」につながるとコラムに書きました

近視眼的な目先の行動は、その主張が正しくても、その先にあるものを

予想できなければ返って多くの不幸を呼び込みかねません。

グローバル化により他国と経済的にも政治的にも人的にも深く、

深く繋がり単独での平和国家の実現というのは無理なのですよ。

それこそ、平和ボケのお花畑的な発想としか言いようが無い。

カール・マルクスも資本論で

「地獄への道は善意で舗装されている」と言っています。

まったく皮肉にも程があり腹がたってしょうがない。

またこうも言っていますね。

「歴史は繰り返す。一度目は悲劇として、二度目は喜劇(茶番)として」

マスコミが自ら積極的に、かつての「新聞統制」のように一枚岩となり

日本周辺国の危機を知らせず、平和、反戦、打倒高市内閣を声高に言えば言うほど、

可笑しさに苦笑いするのは私だけでしょうか。


辺野古の海で亡くなった学生さんと反対運動の主導的立場にあった

船長さんの死によって考えさせられた一連をまとめた平和運動に関する

私個人の見解です。


2026-05-10 10:30:59 0 Comments

今日も暇なのでGeminiさんと対話しながら少し推命学を整理してみました。

問い

神殺について内容は星平会海と同じなのですか?

Gemini

四柱推命における「神殺(しんさつ/神煞)」とは、干支の組み合わせから導き出される特殊な象意体系です。
本来の四柱推命の中心は、

五行 陰陽 通変星 格局 旺衰 調候ですが、後代になると
「運命の細かな象徴」を読むために大量の神殺が追加されました。
そしてご質問の通り、現在日本や台湾で使われる神殺の多くは、中国古典の
星平会海系統と非常に深い関係があります。

ただし完全に同一ではありません。

かなり複雑な歴史があります。

1. 神殺とは何か
「神」は吉神 「殺」は凶神を意味します。

元々は中国古代の天文占星 太乙 六壬 遁甲 陰陽五行思想 民間禁忌
などから流入した象徴体系です。つまり、

「この干支の組み合わせには特別な霊的・運命的意味がある」
という発想です。
これは単なる迷信ではなく、

古代中国の「天人相応思想」(天体・季節・人事が共鳴する)に基づいています。

2. 神殺の起源
神殺は一種類ではありません。大きく分けると:

系統 起源
古代天文系 星宿・天官思想
陰陽道系 吉凶禁忌
禄命法系 唐代以前の命術
子平法系 宋代以降の四柱
民間占法系 後世追加です。

特に重要なのが:

禄命法(ろくめいほう)
唐代以前の命術です。ここでは現在よりも神殺が中心でした。

つまり昔は:五行分析より神殺中心だったのです。宋代に徐子平(子平法)が出てから、

日干中心五行分析中心へ移行しました。しかし古い神殺体系は消えず子平法の中へ大量流入しました。

3. 星平会海とは何か
星平会海は明代の巨大な命理百科です。「星平」とは:星=星命術(神殺系)平=子平法
つまり、星命術と子平法の融合を意味します。

この書物には、格局 用神 神殺 古歌 断語 雑占
が膨大に収録されています。現在流通する神殺のかなり多くは、この系統を経由しています。

ただし「星平会海が起源」ではなく、それ以前の古神殺を集大成した本です。

4. 古来の代表的神殺
ここからが本題です。神殺は数百種類あります。

しかし古典で重要視されたものはある程度限られます。

5. 吉神系
天乙貴人(てんいつきじん)最重要吉神。貴人運 救済 危機回避 目上援助を意味します。
古代では「天帝の補佐神」に由来します。

ほぼ全流派で重視。

天徳貴人 陰徳・福徳。災難軽減。宗教性と結びつくこともあります。

月徳貴人 温和・慈悲。対人緩和。

天徳と対で扱われる。

文昌貴人 学問・文章。科挙文化と直結しています。

学堂・詞館 知性・教育。文人命で重視。

金輿 高貴・乗り物・財。古代貴族文化の反映。

福星貴人 福運。穏やかな吉。

天厨貴人 飲食・享楽・食禄。

6. 凶神系
羊刃(ようじん)極端な陽気。激烈 武断 手術 衝突 強力ですが、武人・外科医・経営者では吉化も。

劫殺 争奪。事故。強引性。

災殺 災難。突発。

亡神 精神不安。漂泊。秘密性。

白虎 流血・事故。古代軍事象徴。

孤辰・寡宿 孤独星。宗教者や研究者では強く働くことも。

空亡(天中殺)最有名。ただし本来は神殺というより「旬空理論」です。後世に神殺化しました。

元辰 精神混乱。執念。妖気。

道教色が強い神殺。

7. 桃花系 咸池(桃花)恋愛・性愛・芸能。古代中国では「酒池肉林」的意味も。芸能人気質にも。

紅艶 色気。魅力。

紅鸞・天喜 婚姻吉星。祝い事。

8. 宗教・霊性系神殺 これが非常に面白い部分です。

華蓋 芸術・宗教・孤高。僧侶命で重視。元々は帝王の傘(天蓋)由来。

孤独と精神性が結びつく。

天医 医療・治癒。霊星 直感・霊感。ただし後世的。

9. 神殺は本当に当たるのか?ここは流派で大きく分かれます。

古典派
「補助的象徴」と見ます。中心はあくまで:

格局 用神 旺衰です。神殺だけで判断しません。

民間派
神殺重視。神殺だけで占う流派も。

現代命理家
多くは:神殺は心理象徴としては有効と考えます。

例えば:

華蓋 → 内向芸術性
桃花 → 対人魅力
孤辰 → 独立傾向
など。

10. 星平会海と現代日本の違い
ここが重要です。
日本の四柱推命は、阿部泰山系 高木乗系(四柱推命の名称の名付親(今野))台湾系 香港系などでかなり異なります。

そのため:共通部分 天乙貴人 羊刃 桃花 華蓋 空亡
など。
後世追加 天戦地冲 などは近代再解釈が多い。

11. 古典では神殺乱用を戒める
実は古典命理家はかなり批判的です。
有名なのが:

「神殺多ければ人を惑わす」という立場。なぜなら、数百あるので、誰でも何か当たるからです。

そのため高級命理では:

五行構造を見る 格局を見る 用神を見る 最後に神殺で象徴補強という順序です。
これは重要です。

12. まとめ
神殺とは:
古代中国の天文・陰陽・禄命思想が四柱推命へ流入した象徴体系
です。
そして:唐代以前は神殺中心 宋代以後は子平法中心 明代『星平会海』で融合完成という流れがあります。

つまり現在の神殺は、

完全に『星平会海』そのものではなく、

古神殺体系+子平法+民間伝承の巨大混合体です。

等々

以上Gemini

とのことです。

Geminiは間違っている場合もありますと但し書きがあるのでご了承ください。


興味のある方は、ここにある禄命法(ろくめいほう)と天源淘宮術を調べてみるのも面白いと思います。


2026-05-09 10:42:18 0 Comments

つい先日の5月3日憲法記念日、街頭に一人拡声器を持ち

怒鳴り散らしていた人がいて、右翼も左翼もよく似ていると

相変わらずの人の悪さに辟易していたのですが、動画の番宣に

タバコを咥えた新撰組の芹沢鴨が写り、水戸藩脱藩だったなと。

水戸学、桜田門外ノ変も水戸藩だったことを思い出し。

水戸学って何だったっけ?といつものようにチャットGPTに聞いてみました。


以下チャットGPTです

水戸学について教えてください

水戸学とは、江戸時代に水戸藩(徳川御三家の一つ)で発展した思想・学問体系です。
単なる「地方の学問」ではなく、後の尊王攘夷運動や明治維新にも大きな影響を与えました。
中心にあるのは、
「日本とは何か」
「天皇とは何か」
「武士の使命とは何か」
「国家の正統性とは何か」
という問いです。

1. 水戸学の始まり
起点は、水戸藩主の
徳川光圀
(いわゆる「水戸黄門」)です。
光圀は、「日本の歴史を正しくまとめよう」として巨大歴史書
大日本史の編纂を始めました。特徴的なのは、中国王朝史の形式を参考にしつつ
日本では「天皇」が正統の中心であると強調したことです。
つまり水戸学の根には、「武家政権の時代でも、日本の根本正統は天皇にある」という思想があります。
これは当時としてはかなり重要でした。

2. なぜ危険思想になったのか
江戸幕府は徳川将軍が統治しています。ところが水戸学は、
「究極の正統は天皇」と言う。すると理論上、
将軍は“代理”天皇が本源という構図になります。
この思想は後に、尊王論 尊王攘夷 幕末維新思想
へ接続していきます。

3. 水戸学の特徴
(1)尊王
最大特徴です。天皇を単なる儀礼存在ではなく、
日本統合の精神的中心として捉えました。ただし初期水戸学は、
「倒幕」を直接目指していたわけではありません。むしろ、
「幕府も天皇を敬って国家を正しく治めよ」という立場でした。

(2)道徳主義
水戸学はかなり倫理色が強いです。
特に、忠 孝 義 誠
を重視しました。
これは儒教、特に朱熹系統の朱子学
の影響が強いです。しかし単なる中国儒教ではなく、「日本の歴史と神話」
を結びつけた点が独特です。

(3)神国思想
水戸学では、神武天皇以来の皇統万世一系日本の特殊性が強調されます。
ここで古事記や日本書紀の価値が再評価されます。この流れは国学とも接触します。

4. 後期水戸学
幕末になると性格がかなり激しくなります。
代表人物は藤田東湖や会沢正志斎です。特に会沢の「新論」は重要です。
ここでは、西洋列強への危機感国体論
尊王攘夷が強く打ち出されます。

5. 「国体」という概念
水戸学は後の「国体」概念に大きな影響を与えました。ここでいう国体とは、
「日本国家の本質的あり方」です。後代ではかなり政治化されますが、
元々は皇統 道徳 歴史的一体性を意味していました。

6. 明治維新への影響
水戸学は幕末志士へ強い影響を与えました。
特に、尊王攘夷運動 天皇中心国家構想 国家道徳論
に影響します。ただし皮肉なのは、
水戸藩そのものは維新で主導権を取れなかったことです。
思想的影響は巨大でしたが、政治的主導権は薩摩藩や長州藩
が握りました。

7. 現代から見ると
現代史学では、水戸学には両面性があると考えられています。

肯定的側面
日本史研究の発展 国家意識の形成 歴史意識の強化 倫理思想

問題視される側面 後代には、排外主義 極端な国家主義 皇国思想
へ接続した面もあります。
特に近代国家形成の中で、水戸学の一部は国家イデオロギー化されました。
ただし、
江戸後期の水戸学そのものと、昭和期国家主義を完全同一視するのは単純化しすぎ、
という見方も強いです。

8. 本質的には何だったのか
かなり深い見方をすると、水戸学は単なる政治思想ではなく、
「歴史と道徳によって国家の意味を再定義しようとした運動」とも言えます。
つまり、日本とは何か正統とは何か道徳と政治はどう結びつくかを問う思想でした。

この点では、中国儒教、神道、国学、武士道、歴史学が融合した、非常に独特な日本思想です。


以上GPT

さらに平安時代以降の国風化を問うてみると

平安時代以降 中国思想からの脱皮として国風化が行われてきましたが具体的に教えてください

はい。
これは日本思想史の非常に大きな流れです。
単純化すると、

「中国文明を全面的に模倣した時代」から、

「中国を取り入れつつ、日本独自へ変形する時代」

への転換が、平安時代の「国風化」です。しかもこれは単なる文化趣味ではなく、


国家観 宗教観 美意識 人間観 言語感覚まで変えていきました。

1. まず奈良時代まで
奈良時代の日本は、ほぼ全面的に唐文明をモデルにしていました。例えば:

律令制度 官僚制 都市設計 漢字 仏教制度 儒教倫理 服装 建築まで、中国型です。

都の平城京も、長安城を模しています。知識人の教養語は漢文でした。
つまり当時のエリート文化は、かなり「国際中国文明圏」的です。

2. なぜ変化したのか
平安中期以降、日本は次第に「中国と同じである必要はない」と感じ始めます。
理由はいくつかあります。

(1)遣唐使停止
894年、菅原道真の建議で遣唐使停止が行われます。背景には:

唐の衰退 航海危険 日本側の自信形成があります。
ここで日本は、「中国文明を輸入し続ける段階」から離れ始めます。

(2)日本の自然・気候との差
中国北方文明をそのまま導入しても、日本列島とはかなり違う。例えば:
湿潤気候 四季感覚 木造文化 災害多発が異なります。
これが建築や美意識を変えます。

(3)貴族社会の成熟
平安貴族社会は、武力国家というより、繊細な宮廷文化を発達させました。

ここで中国的な「大帝国の論理」より、情緒 季節感 人間関係 恋愛 美的感受性
が重視されます。

3. 国風化とは具体的に何か
ここが重要です。(A)文字:漢文 → 仮名最大級の革命です。日本語は中国語と文法が全然違う。
そこで漢字を崩して:ひらがな カタカナ が生まれます。これにより、日本語そのものを文学化
できるようになります。ここで源氏物語や枕草子が成立します。これは単なる文学発展ではありません。

中国文明圏では通常、
漢文=高級文化でした。しかし日本は、日本語自体を高度文化へ押し上げたのです。
これは巨大な転換です。

(B)美意識の変化
中国文化は比較的、壮大 対称性 公的秩序 永続性を重視します。

一方、日本の国風文化では:はかなさ 季節変化 情緒 余白 曖昧さが重視されます。

後の もののあはれ 幽玄 わび・さびの源流です。

(C)宗教の日本化
仏教も変質します。奈良仏教は国家保護色が強かった。しかし平安では:

山岳修行 密教 現世利益 加持祈祷が発展します。
特に最澄や空海は、中国仏教をそのまま移植したのではなく、日本的宗教感覚へ再編
しました。

例えば:神道との習合 山岳信仰との融合 修験道化などです。

(D)建築の変化
寝殿造などは、中国宮殿建築より開放的です。風を通す
庭と一体自然との融合が強い。これは日本の気候と感性に合っています。

(E)政治思想の変化
ここも重要です。
中国では:皇帝は「天命」によって交代可能です。
しかし日本では次第に、天皇は祭祀的・連続的存在になります。
つまり:易姓革命思想 王朝交代思想が弱くなる。

ここから後の:万世一系観 国体論にもつながります。
これは後の水戸学にも影響します。

4. ただし「反中国」ではないここは誤解されやすいです。
国風化は、中国文明を否定したわけではありません。むしろ:中国文明を深く消化し、日本化したのです。
たとえば:
漢字は残る仏教も中国経由儒教倫理も残る
しかし、その上で「日本列島の感性」に適応していく。
だから「脱中国」というより、

「中国文明の日本的変容」と言った方が正確です。

5. 長期的影響
この国風化は、後の日本文化の核になります。
例えば:和歌 茶道 能 禅文化 武士道 庭園 神仏習合にも繋がっていく。
さらに近代以降の「日本は中国と違う」という自己認識の源流にもなります。

6. 深層では何が起きたか
深く見ると、
中国文明は比較的、普遍秩序・理念・制度を重視します。
一方、日本の国風化では、関係性・場・情緒・自然との共鳴へ重心が移っていく。
これは単なる趣味ではなく、人間観 世界観 存在感覚そのものの変化でした。
だから平安国風文化は、単なる「和風化」ではなく、日本文明の精神構造が形成された時代
とも言われます。

以上チャットGPT

本当にこの視点は面白いですね。外国に優しい日本人と中国にすり寄る日本人のプロトタイプの誕生秘話にも聞こえます。日本人のアイデンティティを追求したように見える水戸学と対比してみると、その過程において黒船に脅された日本人(支配階級である武士)の懊悩がよく見えてく流。我々は優しいのです。

さらに、それでは中国人の気質とは何かと文学作品をもとに問うてみました。

中国人の資質は紀元前の戦国時代から何も変わらないとの老舎や魯迅が言っているようですが本当ですか。


老舎 や 魯迅 が、中国人の国民性について非常に厳しい言葉を書いたのは事実です。
ただし、「中国人の資質は戦国時代から何も変わらない」と文字通りに受け取るのは、かなり単純化しすぎです。
むしろ彼らが言いたかったのは、


長い専制政治 権力への恐怖 相互監視 面子文化 生存競争の激しさ 公より身内を優先する傾向

などが、歴史を通じて繰り返し再生産されてきた、ということです。
特に 魯迅 は、中国文明そのものを憎んでいたというより、「精神の奴隷化」を問題視していました。
代表作の 阿Q正伝 では、阿Qという人物を通して、

負けても「精神的勝利」で自分を慰める 強者には媚び、弱者には横暴 群衆心理に流される 本当の自己反省を避ける

という構造を描いています。これは単なる“中国人批判”というより、圧迫された社会では、人間はこう歪むという近代人一般への批判でもあります。

一方、老舎 の作品、特に 駱駝祥子 などでは、誠実に生きようとしても社会が人を潰す貧困と不安が人格を変質させる
人は環境によって残酷にも卑屈にもなるという描写が強いです。つまり彼らは「民族の血」が悪いと言っていたのではなく、数千年続いた政治構造と社会構造が、人間をそうさせると考えていた面が大きいのです。

実際、中国史を見ると、戦国時代から現代まで確かに連続している特徴はあります。
例えば:

法家思想による統制 官僚機構中心社会 科挙的競争 密告文化 中央集権「乱世」への強い恐怖 安定のための権威受などです。

特に 韓非 的な「人は信用できないから法と監視で統治する」という発想は、中国政治文化に非常に深く残りました。
ただし、それは“中国人だけの本質”とは言えません。

例えば、ソ連 朝鮮王朝 江戸幕府 古代ローマ末期などでも、強い統制社会では似た心理が生まれています。
また重要なのは、中国には常に「それに抵抗する思想」も存在したことです。たとえば:孟子 の民本思想 荘子 の権力否定 禅宗の自由精神 陽明学の主体性 五四運動の個人解放思想などです。

つまり中国文明は、統制と自由 法家と道家 皇帝権力と精神的自由の緊張関係をずっと抱えてきた、と見る方が実態に近いです。ですので、老舎や魯迅の言葉は、「中国人は永遠に変わらない」という民族固定論ではなく、

「社会構造が変わらなければ、人間の心理パターンは何度でも再生産される」

という歴史的・社会的批判として読む方が適切だと思われます。

以上GPTですが中国共産党が支配する限り彼らが描いた中国と何ら変わらない気がします。国家権力と精神的自由とありますが、親中派の多くは、絶対的少数派である抵抗勢力に共感し多数派の公権力に擦り寄っているように見える。本末転倒とはこのことでしょう。


右翼も左翼もどうでもいいのですが、思想にかぶれ続けると現実と思想的空想がごちゃ混ぜになり、命の尊さや人の悲しみが見えなくなります。辺野古が良い例です。


1 / 1 ページ目を表示 最初 | 戻る | 次へ | 最後

カレンダー

« 2026 年 05月 »
26 27 28 29 30 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 1 2 3 4 5 6

アーカイブ

全て
2026 05月 (5)
2026 04月 (4)
2026 03月 (8)
2026 02月 (6)
2026 01月 (6)
2025 12月 (11)
2025 11月 (7)
2025 10月 (4)
2025 09月 (1)
2025 08月 (1)
2025 07月 (2)
2025 06月 (1)
2025 05月 (1)
2025 04月 (2)
2025 03月 (4)
2025 02月 (4)
2025 01月 (6)
2024 12月 (2)
2024 11月 (3)
2024 10月 (2)
2024 09月 (4)
2024 08月 (1)
2024 07月 (13)
2024 06月 (8)
2024 04月 (3)
2024 03月 (2)
2024 02月 (3)
2024 01月 (4)
2023 12月 (6)
2023 11月 (4)
2023 10月 (5)
2023 09月 (11)
2023 08月 (6)
2022 09月 (3)
2020 09月 (1)
2020 07月 (2)
2020 06月 (5)
2020 05月 (9)
2020 04月 (4)
2020 03月 (5)
2020 02月 (4)
2020 01月 (1)
2019 12月 (3)
2019 11月 (4)
2019 10月 (4)
2019 09月 (6)
2019 08月 (10)
2019 07月 (16)
2019 06月 (6)
2019 05月 (6)
2019 04月 (8)
2019 03月 (13)
2019 02月 (11)
2019 01月 (10)
2018 12月 (6)
2018 11月 (6)
2018 10月 (11)
2018 09月 (14)
2018 08月 (7)
2018 07月 (7)
2018 06月 (7)
2018 05月 (7)
2018 04月 (5)
2018 03月 (3)
2018 02月 (4)
2018 01月 (5)
2017 12月 (4)
2017 11月 (3)
2017 10月 (5)
2017 09月 (8)
2017 08月 (7)
2017 07月 (10)
2017 06月 (4)
2017 05月 (1)
2017 04月 (2)
2017 03月 (2)
2017 02月 (1)
2017 01月 (2)
2016 12月 (3)
2016 11月 (3)
2016 10月 (3)
2016 09月 (6)
2016 08月 (16)
2016 07月 (10)
2016 06月 (7)
2016 05月 (3)
2016 04月 (3)
2016 03月 (2)
2016 02月 (6)
2016 01月 (4)
2015 12月 (6)
2015 11月 (4)
2015 10月 (2)
2015 09月 (7)
2015 08月 (2)
2015 07月 (5)
2015 06月 (5)
2015 05月 (4)
2015 04月 (6)
2015 03月 (5)
2015 02月 (9)
2015 01月 (4)
2014 11月 (6)
2014 10月 (15)
2014 09月 (13)
2014 08月 (8)
2014 07月 (1)
2014 06月 (2)
2014 05月 (9)
2014 04月 (5)
2014 03月 (5)
2014 02月 (10)
2014 01月 (9)
2013 12月 (7)
2013 11月 (12)
2013 10月 (10)
2013 09月 (8)
2013 08月 (7)
2013 07月 (11)
2013 06月 (4)
2013 05月 (11)
2013 04月 (5)
2013 03月 (5)
2013 02月 (6)
2013 01月 (5)
2012 12月 (7)
2012 11月 (10)
2012 10月 (8)
2012 09月 (15)
2012 08月 (11)
2012 07月 (17)
2012 06月 (12)
2012 05月 (23)
2012 04月 (21)
2012 03月 (26)
2012 02月 (15)
2012 01月 (13)
2011 12月 (19)
2011 11月 (12)
2011 10月 (17)
2011 09月 (14)
2011 08月 (10)
2011 07月 (23)
2011 06月 (22)
2011 05月 (16)
2011 04月 (8)
2011 03月 (20)
2011 02月 (11)
2011 01月 (15)
2010 12月 (15)
2010 11月 (11)
2010 10月 (27)
2010 09月 (15)
2010 08月 (6)
2010 07月 (6)
2010 06月 (5)
2010 05月 (6)
2010 04月 (15)
2010 03月 (2)


△ページトップへ