2012-04-28 00:31:03 0 Comments
今日久しぶりに夕方の山手線に乗って来ました。
連休前日でかなり込み合っていたのですが
なんとも、面白いと言っていいのか、悪いのか。
複雑な状況を目の当たりにして考えさせられました。
渋谷駅の事です。ご存知のように渋谷は人の乗降が
多い駅で、電車から一気にホームに人が溢れ出すのですが
到着して扉が開くと、中年くらいの女性が
仁王立ちで電車の外に流されまいと抵抗していました。
狭い扉の前で、激流に耐える細めの杭のごとき様子でした。
おかげで団体の学生さんや、OLさんが「降ります!」と
小さな声で叫びながら、降りていきました。
こんな場合普通は、いったん流れに身を任せ降りてから
もう一度乗るのが普通の人なのですが
そうではありませんでした。たぶん、
そうやってずっと生きてきたのだと思います。
一事が万事です。
こういうひとは沢山います。
そして、ときどき周りの人と摩擦を起こし
傷つき悩みます。
でも、もしかしたら傷つき悩む事が、その人が
自分自身を見つめ直すためのチャンスなのかもしれません
何故自分は傷つけられるのか?
このように考えてみてはいかがでしょうか。
皆が椅子に座って同じ景色を見ている時
自分だけ少し変わった景色が見えているので
他の人と話しが合わない。どうして?
その時は椅子の足のどれかが少し長いか
短いのではないかと疑ってみる事です
見えていたものが実は椅子のクセで
歪んで見えていた。
それが理解できれば合点がいきます。
これは運勢のクセの話しです。
このほんの些細なクセの差が積み重なり
目に見え始めた時には取り返しがつかなくなっている。
これが人生です。
それを個性と言ってしまえばそれでもいいのですが
なおそうとしなければ、電車の女性のように
仁王立ちで周りの乗客に迷惑をかけていることに
気付きもしないまま人生が過ぎていきます。
今日の女性もそうでしたが、誠実に、
必死に力の限り抵抗していました。
キツく苦しい日常です。
これが運勢の罠であり、運勢の恐るべき所以です。
自分の生き様を自覚する事からしか
新しい人生は始まりません。
「運勢を学ぶ事」がやはり大切になります。